日本では昨今、人手不足に陥る企業が多いとニュースでは報じられています。
少子高齢化を考えれば産業によっては労働の担い手が減少することに不思議はないでしょう。
ただ一つ大きな疑問があります。
それは「人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか」という問いです。
経済の教科書にのっとれば、労働市場において提供される労働力が減り、需要が変化しないのであれば、価格調整機能によって実質賃金は上昇するはずです。
ただ以下のグラフの通り、名目賃金は上昇していても実質賃金は近年は横ばいにあります。
アベノミクスによって物価は上昇傾向にありますが、その上昇に労働力の価格が追い付いていないという見方もできるでしょう。
そんな中、非常に興味深い本を見つけました。
玄田有史氏が中心となって22名の学者・エコノミストがそれぞれの視点から「人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか」という問いに向き合っています。
書中では以下の7つの切り口から考察されています。
- 【需給】労働市場の需給変動からの考察
- 【行動】行動経済学等の観点からの考察
- 【制度】賃金制度などの諸制度の影響
- 【規制】賃金に対する規制などの影響
- 【正規】正規・非正規問題への注目
- 【能開】能力開発・人材育成への注目
- 【年齢】高齢問題や世代問題への注目
以上の切り口から日本トップレベルの頭脳の持ち主たちが考察を行っていきます。
所属は以下のように大学教授から官僚・研究者など様々です。
- 阿部正浩(あべ・まさひろ)中央大学経済学部教授(第3章)
- 有田 伸(ありた・しん)東京大学社会科学研究所教授(第15章)
- 上野有子(うえの・ゆうこ)内閣府経済財政分析担当参事官付(第16章)
- 梅崎 修(うめざき・おさむ)法政大学キャリアデザイン学部教授(第6章)
- 大島敬士(おおしま・けいじ)総務省統計局消費統計課統計専門職(第9章)
- 太田聰一(おおた・そういち)慶應義塾大学経済学部教授(第11章)
- 小倉一哉(おぐら・かずや)早稲田大学商学部教授(第2章)
- 加藤 涼(かとう・りょう)日本銀行金融研究所・経済研究グループ長(第14章)
- 川口大司(かわぐち・だいじ)東京大学大学院経済学研究科教授(第7章)
- 神林 龍(かんばやし・りょう)一橋大学経済研究所教授(第16章)
- 黒田啓太(くろだ・けいた)連合総合生活開発研究所主任研究員 (第4章)
- 黒田祥子(くろだ・さちこ)早稲田大学教育・総合科学学術院教授(第5章)
- 近藤絢子(こんどう・あやこ)東京大学社会科学研究所准教授(第1章)
- 佐々木勝(ささき・まさる)大阪大学大学院経済学研究科教授(第8章)
- 佐藤朋彦(さとう・ともひこ)総務省統計局統計調査部消費統計課調査官(第9章)
- 塩路悦朗(しおじ・えつろう)一橋大学大学院経済学研究科教授(第10章)
- 中井雅之(なかい・まさゆき)厚生労働省政策統括官(統計・情報政策担当)付参事官(第12章)
- 西村 純(にしむら・いたる)労働政策研究・研修機構研究員(第13章)
- 原ひろみ(はら・ひろみ)日本女子大学家政学部家政経済学科准教授(第7章)
- 深井太洋(ふかい・たいよう)東京大学大学院経済学研究科博士課程(巻頭基本データ)
- 山本 勲(やまもと・いさむ)慶應義塾大学商学部教授(第5章)
読後の感想
「人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか」という問いはかなり複雑だと感じました。
ネット上では近年の日本経済の低迷を特定の集団・組織に帰責する意見が散見されますが、この問題はそう簡単なものでは無いと実感しました。
大小はあれど原因は数多あり、何か一つを変えれば魔法のように劇的に改善することはない。
日本トップレベルの頭脳集団である政治家・官僚がなぜ有効な策を示せないのかが頷けます。
自分が印象に残った原因としては以下のものがあります。
- そもそも本当に賃金が上がっていないのか
- そもそも本当に人手不足なのか
- 規制によって抑制されている(特に福祉・介護)
- 市場競争の激化により抑制されている
- 正規/非正規の比率の変化
- 賃金の下方硬直性により抑制されている
- 社会保障の負担の増加
- 世代間格差(就職氷河期世代など)
- 女性/高齢者の労働参加
- 能力開発の不足
- 株主構成の変化と経営陣の意思決定の変化
- 国際競争の激化
- 人事評価制度の変化
- 労働市場の年齢構成の変化
- 非正規雇用での再雇用の拡大
- 就職における留保賃金のあり方
- 内部労働市場と外部労働市場の違い
- 非正規雇用の定義とイメージ
- そのうち上がるのではないか(ある点を境に)
私が覚えているだけでもこれだけありました。改めてきちんと読めばまだあると思います。
先ほど紹介した本は2017年の4月に発行されたものなので、使用されているデータが少し古いという点が残念ですが、この問題は現在も解決されていない上に、データが古くても考察にはかなりの価値があると思います。また主義・主張に偏りがなく多角的な視点から書かれている点も重要です。正直解決できる訳がないと思っている方でも、この先の社会を生きる上で非常に重要な視点が得られるはずです。
ぜひぜひ読んでみて下さい。
先ほども書きましたが誰が悪いという話ではありません。日本の構造的な問題です。
そのため解決は極めて難しいものですが、放置していい問題でもありません。
この先更に高齢化が進み、社会保障の負担が増える中で賃金が上がらないとなれば、可分所得が減少し人々の購買力が下落するのは明らかです。少しでも良い状態で日本社会を次の世代に手渡すためにも一つずつ解決の糸口を探らなければいけません。
次回は私なりの解決策を考えてみたいと思います。
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